いわゆる子どもの「スマホ問題」は親の永遠のテーマではないでしょうか?
我が家の子ども達はスマホが大好きで、僕はいつも子どものスマホ時間の加減について悩み、色々な教育本を読んでは思案していますが、これだといった解決法は未だ見つかっていません。
スマホ時間が長くなれば長くなるほど、反比例して子どもの勉強時間は短くなる。こんな事で心配したり不安になったり。けれど世の中には東大や京大、難関大学などに合格されている子がいるわけで、スマホなんてそもそも興味がないのかな?と疑問に思ったり。
そういったご家庭のお子さんはそもそも
- スマホを持っているのか?
- スマホで何をしているのか?
- スマホをどのくらいしているのか?
このスマホ時代、スマホもみないで勉強に集中できる子ってどんな子なんだろう?そんな疑問を解消すべく手にした本が「賢い子はスマホで何をしているのか」です。
本書と著者のプロフィール
石戸 奈々子氏
CANVAS代表。一般社団法人超教育協会理事長、慶応義塾大学教授・博士(政策・メディア)。東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立。代表に就任。(著書発行時)
本書の要点ポイント(書評)
「子どもにスマホを持たせて大丈夫でしょうか?」著者が保護者から受ける最も多い質問のひとつだそうです。
その背景にあるのは、次々に論調されるスマホ悪玉論。ですが、スマホをはじめデジタルが必要不可欠になった世の中で、果たしてスマホは絶対ダメという価値観で本当にいいのでしょうか?と著者は問います。
子育てをスマホに丸投げするのが問題であって、スマホを活用することとは全く別問題。むしろ、デジタルをうまく学習に採り入れることができれば、AIにも負けない思考力、創造力を育むことができるといいます。
デジタル教育の普及に努めてきた著者が、未来の教育、そしてデジタル教育の可能性について語った一冊です。
デジタル教育は、学び続ける力を育む
正解がない時代を生きる子ども達。学校で学んだ知識だけでは一生通用する時代ではなくなった今、卒業後も学び続けなければいけない。これからの時代求められるのは「学び続ける力」だと著者はいいます。
↓ 人生100年時代、人は生涯学び続けなければいけない。こちらの本も参考になります。
学び続けるためには嫌々やるのでは難しい。勉強が「楽しい」と思えて初めて、子どもは自ら学ぶし、学び続けられる。子どもはデジタルが大好きですから、楽しいと思える勉強の手段としてデジタルを積極的利用するのはありです。
日本の近代教育は、右に習えの均質な思考法を身につけるために考えられた一方的に先生が教えるというスタイルの教育です。僕もこの教育を受けてきたし、今の子どもだってそうです。ですが、これってつまらないし、知的好奇心をそそらない。子どもに面白い授業ができていないのが今の教育です。
しかし、こういった勉強ができる事が評価され、僕たち親もそこに一極集中して群がるような価値観を改革するのは相当難しいだろうなと思うのです。
ですから、まず僕たち保護者が、
「難関校合格だけが人生の成功ではない」
と多様な価値観を認めていけなければいけないのではないか?本書を読んでそう思いました。
そうでもしないと、大学資格を得るためだけに大学へ行く子ばかりで、生涯学ぶような子はなかなか育たないだろうなと思うのです。
プログラムをやっていれば将来有利になるという思考ではいけない
「子どもが幼い時からプログラム言語をやっていれば将来有利になるのではないか?」
僕は子どもが幼い頃にプログラムを習わせようかよく悩んだものです。
ですが著者は、プログラムは新しい学び方を生み出すのが目的であり、あくまで手段に過ぎないのだという話をされています。
プログラムをやれば将来の仕事に有利だとか、何歳からはじめるのがいいだとか、僕のような親の思考では、創造力などつくはずもない。
プログラム教育といえば、いわゆるコードを書くものを想像される方も多いと思いますが、本書で紹介されているプログラムのスクラッチはコード不要ですし、多くのコンピューター教育の言語は、コード不要です。
著者は、
プログラム「で」学ぶのであって、プログラム「を」学ぶのではない
とおっしゃっています。
子どもが没頭する道具がたまたまコンピューターであり、プログラムなのであって、親の打算はそこに入ってはいけないんだなと反省しました。
著者は首尾一貫して、「学び続ける」事が大事だとおっしゃっています。子どもは「楽しいか、楽しくないか。」それだけ。楽しければ学び続けることができる。それが大事なんですよね。
子どもが主体的に学ぶのがデジタルだ
デジタルでモノを作る授業を行っているとプログラミングから英語や数学に興味を持つ子が出てくるのだといいます。
これは、桝太一氏監修の「なぜ私たちは理系を選んだのか」にもヒントが書かれているのですが、楽しいを突き詰めると、必ず勉強に繋がるんだという好例ですね。
著者は、モノを作ろうと思えば必ず何かしらのインプットが必要だと指摘します。例えばクイズのプログラムを作る場合は、クイズをたくさん知らないと作れません。クイズのアプリを良いものに作りあげたいという動機が、クイズをもっと勉強しようという気持ちにさせる。誰から指示されることもなく自ら学ぶ。
これが本当の学習なんだ。こんな授業が受けられたらいいのになって思いますよね。
またこうしたアプリを作って、プログラミング大会で優秀賞をとるような子は、本当に何年もかかって改善を重ねるなど、粘り強い子が多いそうです。やり抜く力。これはGRITグリットという能力で、才能を凌駕する能力だと言われています。
↓才能よりもやり抜く力。GRITは下記記事を参考にしてください
楽しければ子どもが主体的に学ぶ。デジタル教育が全てではないですけど、デジタルは、ひとつの新しい学習の形だと思って間違いないような気がします。
子どもにスマホを持たせるべきか?
平日1日あたり、5時間以上インターネットをしている小学生は22%、3時間以上は小学生の52%!少しやりすぎのような気もしますが、ここまで時代はきているのに、子どもにスマホを持たせるべきかどうかという議論をしているのは確かにおかしい。
著者はこの問題に答えはないし、家庭の教育方針によって変わってくると前置きしたうえで、色々な経験を子どもにさせていれば、スマホは遊びの中のワンオブゼムになるとおっしゃっている。
ですが、スマホって相当面白いですから、これに勝るコンテンツを親が用意するというのは相当頑張らないと太刀打ちできない。著者はお子さんが触れるアプリを、著者が選んだ良質なものだけに限定されていたそうですが、少なくともそういった工夫は絶対にいるなというのが、僕の感想です。
↓ スマホの中毒性は本当に怖い。スマホ中毒についてはスマホ脳が参考になります。
未来はデジタルでこう変わる!
それでもやっぱりデジタルの可能性はすごいなって思いました。未来は確実に変わっていく。僕がおじいさんになる頃には大きな変革がデジタルによってもらさられていると確信しますね。
すでに文科省も個別最適化学習の指針を打ち出しているようですが、本書では、中学1年生の数学の習得に200時間かかっていたのが、個別最適化したことで、たった32時間で習得ができたという例も載っています。
これほど有効な使い方ができるのにデジタルを全て否定することはできないし、この仕組みは近く全学校に導入される方向で進むのでしょう。
また、VR(バーチャルリアリティー)1の技術が発展すれば、東京に住む人が、福岡の授業を受けられるようになるそうです。VRはZoomのようなビデオ講座ではなくて、実際にその場にいる感覚を得ることができる。まさに空間を超えることができます。
僕はドラえもんの道具で、「タイムマシン」と「どこでもドア」だけは未来永劫、実現不可能だと思っていたのですが、VRの技術は、一瞬にして、東京から福岡へ行くことができる!まさに、「どこでもドア」の世界ではないですか?!
こうなってくると、〇〇大学を卒業したというのも意味をなさなくなるそうですよ。
「〇〇大学の〇〇講座でコンピューターサイエンスを学び、△△大学の△△講座で、統計学を学びました。」
こういったポートフォリオで就職が決まる。
そんな世界がもう目の前に来ているんだと思うと、僕ら親世代が子どものためだと懸命になっている受験のための大学受験はだんだんすたれていくのだろうと想像できますね。
まとめ 楽しいから学び続けることができる。デジタルは1つの手段に過ぎない
かつてのように「このスキルがあれば一生安泰」という時代ではなくなりました。だから今の時代は、学校を卒業してもなお、学び続けなければいけない。「何を学んだか」よりも「学び方を知っている」ほうが絶対に大事。本書で著者がもっとも言いたいことはこれだと思います。
今の時代、やりたい事が低コストでできる時代になりました。YOUTUBEでの配信も無料で出来て、ここからテレビ出演や歌手になる足掛かりにしている人がいっぱいいる。昔ならこんな簡単には出来なかった。これは完全にデジタルの恩恵です。
子どもがやりたい事に没頭し、探究するようになる。デジタルは一つの手段でしかありませんが、デジタルと教育は非常に親和性があることが本書を読めばよくわかります。
一方で、デジタルをいかに有効活用できるか?学校では、まだまだそこまでは期待できないなと思いますし、これからの大きな課題だとも思いました。
本書の題名は、「賢い子はスマホで何をしているのか」ですが、むしろスマホの話はほとんど出てきませんでしたので、タイトルは変えた方がいいかなと思いましたが、おそらく著者は、
賢い子ほど、デジタルを上手に活用して、もう主体的に学んでいるよ。
と言いたかったのだと思います。
大きな課題を突き付けられた気もしますが、一歩ずつ進歩しているのでしょうね。未来の教育を考えるうえで一読して損はない一冊だと思います。